出会わなければ良かったのに

 

 

そして私は付いた

 

 

暇つぶしに訪れた、とある小さな町。

そこはティキが普段働いている炭鉱の近くで、
私はときどきその町へ足を運ぶ(もちろん、人間の姿で)。

本当はここの人間、いや、この町の全てを壊したくてたまらない。
それがノアの一族に生まれた性だろう。

でも人間好きなティキはそれを嫌がっているようで、
結局私は誰一人殺せないまま、ただその町をひとり歩くだけ。

何の変化もない風景、疎らな人影、薄暗い路地裏…

 

私は教会の階段に座って、人間を観察していた。

 

と、そのとき。

 

ガツン!!!

 

何かが勢いよく私の背中にぶつかった。

「痛っ!!」

前向きに倒れ、頭をおもいっきり地面にぶつけた私は、思わず声を上げてしまった。

「うぁ!?わ、悪い!わざとじゃないんさぁ〜!!」

ぶつかった張本人らしい赤毛の男は、慌てふためいて、私の体を起こした。

「大丈夫か…?」
「え、えぇ…」

ふと目に付いた、彼の左胸。白い十字模様。
…エクソシストか。

今すぐ殺したい。
けれど今殺したら、面白くないわね。

私は少し彼の様子を窺うことにした。

 

「とりあえず教会の中に入るさ」

言われるがままに教会に入った私は、隅に置いてあった椅子に腰掛け、
赤毛の男がいつの間にか牧師から貰ってきた氷を、額に当てた。

「だいぶ腫れてるさー…」

赤毛の男は心配そうに私の額を見ていた。

ふと目が合うと、彼は顔を赤らめてそっぽを向く。
まるで少女のように。(こんなのが本当にエクソシストなのかしら)

 

「…そういえば、まだ名前聞いてなかったわね」
「ん、俺?俺はラビっていうんさ」
「へぇー。私は

偽名を使うまでもないと判断した私は、使い慣れている名前を名乗った。

かぁ…可愛い名前だなー」

正直私は自分の名前が嫌いだった。
でもそんな風に言われて少し嬉しくなった自分もいた。

エクソシストに言われて「嬉しい」だなんて、今日の私はどうかしてる。

 

は、ここの町の子なんか?」
「え?」
「いや、その、ちょっと気になったんさ…」

「…違う」

彼に本当のことを言おうかどうか、迷った。

でも、言ったらこの時間が終わってしまうような気がした。

 

「じゃあ、どこに住んでんだ?」
「遠くよ。本当の家は忘れた」

  別に、嘘を吐いているわけではないもの。詳しいことを言わないだけ。

「旅人なんかぁー、カッコイイさ!!」

旅人じゃないんだけどな・・・
まあ強ち間違いではないのだけど。

 

しばらくして、彼は「忘れてた!」と声を張り上げた。

「俺、しなくちゃいけないことがあるんさ…」
「どんなこと?」

私の質問に彼は答えなかった。

それは私への気配りなのか、私を警戒しているのか…
もちろん後者だということは分かっているけれど、私にはきっとどこかに、前者であってほしいという願望があった。

「…悪ぃ、今度会ったときにはもっとゆっくり話そうな」
「ええ」

今度会ったとき…か。

次あなたに会うときはきっと…

 

「あなたを殺すとき、ね」
「ん、なんか言ったか?」
「ううん、なんでもないの」

適当な笑顔を作って―もしかしたらそれは私の本当の笑顔かもしれないけれど―私はラビと共に教会から出た。

彼は少し名残惜しそうな顔をして、それじゃ、と私から離れていった。

「バイバイ、ラビ」
「またいつかなー!!」

手を大きく振る彼の背中に、私は小さく手を振った。

 

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

06.10.22